福岡高等裁判所宮崎支部 昭和46年(く)26号 決定 1971年8月30日
少年 G・S(昭二九・六・三〇生)
主文
原決定を取消す。
本件を鹿児島家庭裁判所に差戻す。
理由
本件抗告の趣意および理由は抗告申立人附添人石丸拓之、成富睦夫名義の抗告申立書記載の通りであるからこれを引用する。
よつて記録および当裁判所の事実の取調の結果によつて検討するに、本件非行の内容は期間、被害件数、被害金額等をみると決して軽微なものとはいえないけれども、一度成功すると味をしめて同じ所を短期間に数回おそつたり、郵便局や学校には現金があるだろうなどと安易に考えてテレビでみた方法を悪用して夜半侵入したり、贓品を窃取後ほどなくしてクラスメートなどの友達を通じて同じ町で売りに出す方法をとつていることをみると、右は少年および共犯者T・Nの能力、手口および非行傾向の幼稚で浅いことを物語るものと解され、被害件数や被害金額の増加したのは、早期に発覚しなかつたことに少年等の能力の低さが加わつただけの結果だと考えられる。
右被害物件は少年等の保護者が贓品を買受人から買戻したりして、殆ど現在被害者に還付されているし、更に保護者等は大口の被害金額の弁償など慰籍の方法は十分行なつたものと認められる。
少年の保護環境は、父は小学校教員であり、実母は少年が五歳の時病死したが、一年後に来た現在の母は元教員であり、少年との間はうまくいつており問題にすべき点はない。
家庭はむしろ厳格であつて、本件非行を行なつている途中にも保護者は少年の態度等の変化をみとめて、少年に問いただしたり、叱つたりしているが、反面夜半家を出て窃盗に徘徊していることにまつたく気がつかなかつたり又一方的に叱りつけたりして、保護の方針に今一度考慮すべき点はあるけれども、保護者には少年に対する十二分の愛情と関心は認められる。
少年は一四歳時に小鳥の窃盗で原裁判所で審判不開始になつた非行歴はあるけれども(右についての原決定処遇理由2の判断は、事件記録および調査記録のみからした判断ならば、独断のうらみなしとはしない)、爾後本件までとりたてて問題はなかつたし、その鑑別結果を検討すると思慮のなさ、軽佻で即行的な資質にやや不安はあるけれども、指導の方針如何によつては十分期待は持ちうるものと考えられるし、少年は現在少年院で十分反省して静かに暮している。
以上の点を総合して考えると、少年の性格的な問題点や保護者の指導方法に不安がないわけではないが、専門家の助言等まわりからの協力をもつてすれば、在宅でも予後は十分期待しうるものと認められるから、かかる努力をなさずしてただちに少年院において矯正教育を行なうことは、少年の保護育成上決して得策ではない。してみると原決定は著しく不当であるとのそしりを免れず、論旨は理由がある。
よつて少年法三三条二項によつて原決定を取消し、本件を鹿児島家庭裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 淵上寿 裁判官 真庭春夫 笹本淳子)
参考二 附添人弁護士 石丸拓之、成富睦夫の抗告理由(昭四六・七・一九)
抗告の理由
少年G・Sの父G・Kは小学校教師として約一〇万円の月収を得ており、G・Sも経済的に不足した生活をなしてはいないのであるが、高度の経済成長は物質万能の社会的風潮を招来し、新しいもの、流行への少年の興味、関心を刺激しG・Sの性格上の弱さとが重なって本件非行を惹起したものである。
最初の非行が表面化しなかった偶然の事情から本件の一連の非行となつたが、盗みを継続する意図を有し、非行の発覚を防止するだけの積極性があるならば同じ場所に繰り返して盗みにはいる危険な行為はさける筈であるが、同じ場所で繰り返して盗んだことはむしろその非行の単純性を示すものである。
少年G・Sは本件非行について深く反省し本件非行の一切を自白したものであり、両親にも深く詫び、更生を固く誓い、家庭に残る妹弟の安否を気づかい、こんな事件を起して妹弟が可哀想だと涙している。
また学校はどうなるだろうか、早く学校に行きたいと熱望し、心を入れかえて勉強する意欲をもやしている。○○実業高等学校はG・Sが本年九月の新学期までに登校出来れば退学処分の措置はとらないが、本年九月を経過すると退学処分をなし復学を認めない方針であるので、少年院送致によつて、G・Sの高校卒業は極めて困難なものとなる。
けだし、少年院を退院した少年を受け入れる高等学校は皆無に近いものであり、G・Sは建築に興味を持つており、興味ある学科に集中させることは、非行の防止に最も効果のある方法であり、両親の手もとから通学できる建築科を有する高校は○○実業高校以外になく、他の建築科のある高校に転校出来たとしても、親もとをはなれての生活は両親としては、保護監督のうえからも望ましくなくG・Sもまた両親のもとをはなれることを望んでいないのである。
G・Sをして正規の高校を卒業させることが、更生への重要な糧となることは自明のことであり、本人の更生への固い誓いを信頼し少年法二五条の規定を活用すると共に、両親、学校とが密接に連絡し、保護監督することを前提として、G・Sを新学期の九月から登校出来るような措置をすることが少年院送致による教育効果に比してはるかに優る措置である。
少年G・Sの父G・Kは三〇年間の長きにわたり教職にありながら、長男G・Sが本件非行を惹起したことで、強い精神的打撃を受けたのであるが、G・Sに対する教育のありかたを深く反省し、裸になつてG・Sに接し、その更生のために最善の努力を尽くしG・Sと一体となつてG・Sのなした非行の償いをなす決意をなしているのである。
父G・Kは長い教職生活から得た数多くの体験をG・Sの更生のために活かし得るのであつて、保護者としてG・Sを更生させる能力と意志を有するもので、今一度父としてG・Sを自らの手で更生させる機会を切望しているのである。
G・Mは少年G・Sにとつては継母であるが、G・Sが生母に死別し、五歳の時からG・Mに養育されて、実母同様に慕い、このことはG・Sの認めるところであり、G・Mに対しては、むしろ甘えていたと思われるのである。G・Mも結婚直前までは教職にあり、G・Sに対して何のわけへだてなく養育してきたことは衆目の一致するところである。しかしながらG・Sが本件非行を惹起したことにその責任を感じ、夫G・Kと協力してG・Sの更生には家庭の総力を尽すと固い決意をなしているのである。
G・Sの本件非行により損害を与え迷惑をかけた人々に対しては現物の返還、弁償によつて被害者の宥恕を得ているのである。
少年G・Sは身柄を拘束されることもなく、また観護措置もとられない在宅のままで一挙に少年院送致処分の決定を言い渡され、その精神的打撃は深刻なものであつた。
警察、検察庁の捜査当局の処遇意見は、保護観察相当であり、担当少年調査官の処遇意見は試験観察相当であつてみれば担当裁判官としてもこれらの意見を尊重し少年院送致という保護処分のうち最も強力な処遇方法をとる場合には少年と接触する機会を持ち、少年を理解し少年の信頼を得る努力が必要であるにもかかわらず、少年院送致の処分を言い渡す日に少年G・Sと短時間の面接のみで直ちに処分の決定がなされたのである。
成人の刑事被告事件と同様に非行態様、被害額等の事実関係が少年院送致処分決定の決定的要素とされ、少年の処分上考慮すべき少年の可塑性への深い洞察、少年の反省、家庭環境、保護者の反省と熱意、弁償等が看過されて少年院送致の処分がなされているのである。
深い反省と新たな決意を有する父母の保護監督のもと更生を誓い勉強への意欲を燃やすG・Sを○○実業高校建築科に新学期九月より進学させることがG・Sの更生に最も有効な方法であると思料するものである。
以上の理由によつて、少年院送致の原決定は著しく不当な処分であるので抗告を申立てる次第である。
編注 共犯少年一名に対する中等少年院送致決定も、ほぼ同様の理由で取消し差戻しされ、不処分をもつて終局している。